ママチャリで行く!札幌市内の聖地巡り

更新日:7月4日

講座を受講してくださったお客さまから好ましいお話しを聞きました。


「京都が好きで、本当は京都へ旅に出かけたいけれど、現在はコロナのご時世で行けないので、札幌市内でできる”京都”を楽しんでいるんです」。


札幌市内のお寺で座禅体験していることを、目を輝かせて、シェアしてくださいました。


現在はコロナでさまざまなことが制限されています。けれど、「旅行にも行けない」と愚痴るより、発想を転換させ、今できることを小さな一歩で実行しようという考えにとても共感を覚えました。


コロナのご時世、さまざまな情報が飛び交う今こそ、心静めて内観する時間をとり、「本当に大切なことは何か」を見極めていきたいものだ、とも思うのです。



お客さまから刺激を受けて、

「そうだ!札幌市内の聖地巡りを楽しもう!」と思いつきました。

私の場合は、健康のためにも聖地巡りをママチャリでトライすることにしました。

本日は第一回目、行き先は初めての札幌マリア院です。(正式名称は、殉教者聖ゲオルギオノフランシスコ修道会札幌マリア院)。藤女子大学の中に建ち、ラベンダーに囲まれたルルドもありました。


独特な静けさの漂う聖堂で、修道女さんたちがお祈りをしていました。


修道院でいただいた冊子のなかに、「私の願い(ある兵士の祈り)」という祈りというのがありました。作者は不明でアメリカのある兵士が病院の壁に書きつけたと伝えられているそうです。


どのような祈りか、このブログを読んでくださっているみなさまにもお読みいただければと思い、シェアさせていただきます。



「私の願い(ある兵士の祈り)」


成功するために神に力を願いましたが

与えられたのは謙虚さでした。

従うことを学ぶために


善行をするために健康を願いましたが

与えられたのは病気でした

より善い行いをするために


幸せになるために富を願いましたが

与えられたのは貧しさでした

賢くなるために


人から尊敬されるために能力を願いましたが

与えられたのは弱さでした

神を必要とするために


人生を楽しむために

すべてのものを願いましたが

与えられたのはいのちでした

すべてのものに感謝して生きるために


私が欲したものは

何も与えられませんでしたが

声にも出さなかった祈りが聞き届けられ

私はだれよりも豊かで

祝福された人間となれたのです




みなさまはどう思いますか。

私はこの祈りの言葉を読んだとき、鼻の奥がツーンとし、我が人生を走馬灯のように思い出しました。



そして、こうも思いました。

この祈りを病院の壁に書いたとき、アメリカ兵はどんな思いだったのでしょうか。

この祈りを書いたアメリカ兵だったら、現在のコロナの状況をどう祈ったのでしょうか。



そんな想いを抱きしめながら、帰路につきました。

我が家から、札幌マリア院まで片道5.3キロです。他にもちょこっと寄り道したので、走行距離は14キロになっていました。



カラダを動かし、心には祈りの糧。遠くへはいけなくても、十分、幸せを感じました。