Profile

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すずきあさよ(鈴木麻代)

1970年生まれ​、稚内生まれの大阪育ち、函館大谷短期大学幼児教育科卒。年子の子育てをしながら、保育士、フリーランスライター、広告営業をする。母乳育児支援グループの地域リーダーとして、グループ運営や電話相談などの地域活動にも力を注いだ。

2010年に乳がん(浸潤性小葉がん)が発覚。温存した乳頭は手術中の迅速診断で断端マイナスだったが、術後の詳しい検査でくつがえってしまった。乳がんの後、離婚。他にも膠原(こうげん)病シェーグレン症候群を発症。経済的にも困窮した状況の中で、神秘的な体験をした。乳がんは再発せずに12年。

 

現在は、乳がんを通じて神さまが教えてくれたこと。気づきや学びの体験を執筆を通じて、分かち合っている。

 

わたしのたからもの代表。訪問型の保育士、執筆活動をしている。訪問保育では、遊びから乳幼児の中にある宝(ワクワク)のタネを見つけて育てること。執筆活動では、試練やワクワクの中にある宝物をテーマにノンフィクションを書いている。

 

一般社団法人日本ネーミング協会会員

Story

こんにちは、わたしのたからもの代表の鈴木麻代(あさよ)です。

 

訪問型の保育と、執筆活動をしています。訪問型の保育では、乳幼児の中にある宝のタネ(こせい)を見つけて育てること。執筆活動では、試練やワクワクの中に隠された宝物をテーマにノンフィクションを書いています。

39歳で乳がん、他にも膠原(こうげん)病シェーグレン症候群(指定難病)を経験。乳がんは2022年5月で、再発せずに12年になりました。

乳がんになった頃、元夫との歯車が大きく狂い、がまんしながらがんばっていたのに、努力が報われないどころか、かかる人が全体の5%しかいないという特殊型の乳がんにかかってしまったのです。

体だけではなく、家の中も問題だらけで人生そのものが「がん」に侵されていたといってもいいような状況でした。人生を変えたいと思っていましたが、あがいてばかりで、どう変えて良いかわかりませんでした。

乳がんになった時、お世話になっている医師から、ホスピス医の書いた本を紹介され、がんは精神腫瘍免疫学という学問で、細胞学自殺、生き方を変えなければ治らないと知り、ガーン!!

​わたしは乳がんになって、やっと、自分の良い細胞を自分でたたきつぶしてしまう生き方をやめる決意ができたのです。

 

乳がんになってわかったことは、病気は生き方を見つめ直すチャンスであること。本来の自分を生きる時が来たよ!と教えてくれる宝物だったのです。

​この気づきを分かち合っていこうと思っています。